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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)10568号 判決 1976年3月26日

原告 石井清

右訴訟代理人弁護士 井出嘉宏

同 宇野文一

被告 岡本徳一郎

<ほか一三名>

右被告一四名訴訟代理人弁護士 鳥生忠佑

同 中村仁

同 石原辰次郎

同 高山俊吉

同 梓沢和幸

右訴訟復代理人弁護士 渡辺清

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告に対し

(1) 被告岡本徳一郎は別紙建物目録記載1の(一)、(二)の各建物を収去して別紙土地目録記載1の土地を明渡し、かつ昭和四〇年一月一日から右明渡ずみに至るまで一ヶ月金二、四七八円の割合による金員を支払え。

(2) 被告鈴木光一は別紙建物目録記載2の(一)、(二)の各建物を収去して別紙土地目録記載2の土地を明渡し、かつ昭和四〇年一月一日から右明渡ずみに至るまで一ヶ月金一、五八三円の割合による金員を支払え。

(3) 被告星野三十蔵は別紙建物目録記載3の(一)、(二)の各建物を収去して別紙土地目録記載3の土地を明渡し、かつ昭和四〇年一月一日から右明渡ずみに至るまで一ヶ月金三、一〇八円の割合による金員を支払え。

(4) 被告壱岐平六は別紙建物目録記載4の建物を収去して別紙土地目録記載4の土地を明渡し、かつ昭和四〇年一月一日から右明渡ずみに至るまで一ヶ月金一、八七七円の割合による金員を支払え。

(5) 被告斉藤かつ、同斉藤志賀子、同斉藤友亨、同斉藤充侯は別紙建物目録記載5の(一)、(二)の各建物を収去して別紙土地目録記載5の土地を明渡し、かつ昭和四〇年一月一日から右明渡ずみに至るまで一ヶ月金二、八五四円の割合による金員を支払え。

(6) 被告堀江宗三郎、同堀江とみ子、同堀江きくは別紙建物目録記載6の建物を収去して別紙土地目録記載6の土地を明渡し、かつ昭和四〇年一月一日から右明渡ずみに至るまで一ヶ月金二、一四二円の割合による金員を支払え。

(7) 被告村上辰男、同竹内てる代は別紙建物目録記載7の建物を収去して別紙土地目録記載7の土地を明渡し、かつ昭和四〇年一月一日から右明渡ずみに至るまで一ヶ月金一、一二六円の割合による金員を支払え。

(8) 被告伊勢利吉は別紙建物目録記載8の建物を収去して別紙土地目録記載8の土地を明渡し、かつ昭和四〇年一月一日から右明渡ずみに至るまで一ヶ月金一、六八〇円の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、別表の賃借人欄記載の者に対し、契約日欄記載の日に、賃貸土地欄記載の土地を、賃料欄記載の月額賃料でそれぞれ賃貸して引渡し、昭和三九年四月当時における月額賃料は、同表の増額前賃料欄記載のとおりであった。

2  原告は昭和三九年四月頃、別表記載の各賃借人に対し、同年五月一日以降の月額賃料を同表の増額後賃料欄記載の金額に増額することを申入れ、各賃借人はこれを承諾した。

3  別表記載の賃借人のうち、訴外堀江栄太郎は昭和四二年三月一四日死亡し、相続により被告堀江宗三郎、同堀江とみ子、同堀江きくがその権利義務を承継し、訴外村上徳三郎は昭和四四年一月二日死亡し、相続により被告村上辰男、同竹内てる代がその権利義務を承継し、訴外斉藤重雄は昭和四七年九月二八日死亡し、相続により被告斉藤かつ、同斉藤志賀子、同斉藤友亨、同斉藤充侯がその権利義務を承継した。

4  原告は、別表の被催告人欄記載の者に対し、催告日欄記載の日に到達した書面をもって昭和四〇年一月分以降の未払賃料を催告期間欄記載の期間内に支払うよう催告するとともに、右期間内に支払わないときは前記賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

5  被告岡本徳一郎、同鈴木光一、同星野三十蔵、同壱岐平六、同伊勢利吉は別表の賃貸土地欄記載の土地に地上建物欄記載の建物を、被告斉藤かつ、同斉藤志賀子、同斉藤友亨、同斉藤充侯は別紙土地目録記載5の土地に別紙建物目録記載5の建物を、被告堀江宗三郎、同堀江とみ子、同堀江きくは別紙土地目録記載6の土地に別紙建物目録記載6の建物を、被告村上辰男、同竹内てる代は別紙土地目録記載7の土地に別紙建物目録記載7の建物をそれぞれ所有している。

よって原告は被告らに対し、右各所有建物を収去して右各土地を明渡し、かつ昭和四〇年一月一日から賃貸借契約解除の日までは賃料として、その翌日から明渡ずみに至るまでは賃料相当損害金として別表の増額後賃料欄記載の月額の金員を支払うよう求める。

二  請求の原因に対する答弁

認める。

三  抗弁

1  別紙建物目録記載1の(一)、2の(一)、3の(一)、4、6、7の各建物は、いずれも昭和二五年七月一〇日以前に建築されたものであるから、その敷地である別紙土地目録記載1ないし4、6、7の各土地の賃料については地代家賃統制令が適用され、また別紙建物目録記載8の建物は戦災により焼失した旧建物のあとに昭和二九年に至り再築した建物であるから、その敷地である別紙土地目録記載8の土地の賃料についても同令が適用されるべきである。

そして昭和三九年五月当時の別紙土地目録記載1ないし4、6、7の各土地の地代の統制額は一坪あたり月額金八円八五銭であり、同目録記載8の土地のそれは一坪あたり月額金九円六一銭である。

したがって昭和三九年四月に原告と別表記載の賃借人ら(訴外斉藤重雄を除く。)との間になされた賃料増額の合意は、右統制額を超過する限度で無効である。

2  昭和三九年四月に原告と別表記載の賃借人らがなした賃料増額の合意は、原告の詐欺および強迫によるものである。すなわち原告は昭和三九年四月頃右賃借人らを個別的に訪れ、原告の賃料増額の申入を他の賃借人らのすべてが承諾していた事実がないのに、他の賃借人らのすべてが右申入を承諾したと虚言を述べてその旨誤信させるとともに、強圧的な態度を示し、右申入を承諾しないときはどのような不利益を受けるかも知れないと述べて畏怖させ、右申入を承諾させたものである。

よって別表記載の賃借人らは原告に対し昭和四〇年一月口頭で右賃料増額の合意におけるその意思表示を取消す旨の意思表示をした。

右賃料増額の合意における別表記載の賃借人らの承諾の意思表示は、錯誤により無効である。すなわち右賃借人らはそれぞれ他の賃借人が原告の賃料増額申入に応じたものと信じて承諾をしたのであるが、後になって他の賃借人が右申入を承諾していた事実はなかったことが判明した。

したがって右賃借人らの承諾の意思表示は、その重要な部分に錯誤があり無効である。

3  別表記載の賃借人らは昭和四〇年一月二〇日頃その代理人である訴外近藤亮三郎を通じて原告に対し、別紙土地目録記載の土地の賃料を同年同月分以降一坪あたり月額金三二円に減額するよう請求したが、昭和四〇年一月当時の右土地の地代は、右金額をもって適正というべきであるから、右土地の地代は昭和四〇年一月に右金額に減額されたものである。

そして右賃借人らは同年同月三〇日原告に対し、右割合による同月分の地代を提供したが、原告はその受領を拒絶したので、右賃借人らおよび被告らは同年三月から現在まで同年一月分以降の地代として一坪あたり月額金三二円(別紙土地目録記載7の土地については同三二円五〇銭)の割合による金員を弁済供託してきている。

したがって右賃借人らおよび被告らの賃料支払義務は右弁済供託によって消滅したものである。

かりに右土地の昭和四〇年一月当時の適正地代額と前記供託地代額との間に差があっても、その差は僅少であるから、原告の賃貸借契約解除の意思表示は、信義則に反し、または権利の濫用であり許されないものというべきである。

4  原告は昭和四〇年九月一五日訴外斉藤重雄に対し、同訴外人が供託した金員を地代の内入金として受領する旨の通知をしたほか、別表記載の賃借人のうち訴外斉藤重雄以外の者に対し、昭和四〇年九月一〇日頃賃貸借契約の更新には応じない旨を記載した書面を、また昭和四一年一〇月一日から昭和四二年三月二日までの間に、土地の使用継続につき異議を述べる旨を記載した書面をそれぞれ送付した。

右の事実に照らすと、原告は、訴外斉藤重雄に対しては賃貸借契約解除の意思表示を撤回したものというべきであり、その余の賃借人らに対しては昭和四〇年一月になされた地代減額請求を黙示的に承認したものというべきである。

四  抗弁に対する答弁

1のうち、別紙建物目録記載2の(一)、3の(一)、6の各建物が昭和二五年七月一〇日以前に建築された建物であること、別紙土地目録記載1ないし4、6、7の各土地の昭和三九年五月当時における地代家賃統制令を適用した場合の地代の統制額は一坪あたり月額金八円八五銭であり、同目録記載8の土地のそれは一坪あたり月額金九円六一銭であることは認めるが、その余は争う。被告岡本徳一郎は昭和三一年九月四日別紙土地目録記載1の土地に別紙建物目録記載1の(二)の建物を増築し、同鈴木光一は昭和三八年六月二五日頃別紙土地目録記載2の土地に別紙建物目録記載2の(二)の建物を増築し、同星野三十蔵は昭和三七年一二月二〇日頃別紙土地目録記載3の土地に別紙建物目録記載3の(二)の建物を増築したが、右増築後の各建物はいずれも旧建物に比較して経済的効用が大であり、また別紙建物目録記載4の建物の一階部分のうち六坪は工場および倉庫であり、同7の建物のうち三坪は店舗であり、同8の建物は昭和二九年に建築されたものであるから、別紙土地目録記載1ないし4、7、8の各土地については昭和三九年五月当時地代家賃統制令は適用されなかったものである。

2および3は否認する。

4のうち、別表記載の賃借人らおよび被告らが昭和四〇年三月から現在まで同年一月分以降の地代として一坪あたり月額金三二円(別紙土地目録記載7の土地については同三二円五〇銭)の割合による金員を供託していることは認めるが、その余は否認する。

5のうち、原告が被告ら主張の内容の通知や書面の送付をなしたことは認めるが、その余は否認する。

五  再抗弁

かりに原告が訴外斉藤重雄に対し、昭和四〇年五月一〇日到達の書面でなした賃貸借契約解除の意思表示を撤回したことが認められるとしても、原告は昭和四〇年九月一五日頃到達の書面で同訴外人に同年一月分以降の未払賃料の支払を催告したうえ、昭和四九年六月二五日の本件口頭弁論期日において別紙土地目録記載5の土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

六  再抗弁に対する答弁

認める。

第三証拠≪省略≫

理由

一  原告主張の請求原因事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで次に被告らの抗弁の4の事実につき判断するに、≪証拠省略≫を綜合すると、原告は昭和三九年四月頃別表記載の各賃借人に対し、賃貸土地の同年五月分以降の賃料を、従前の一坪あたり月額金二二円から金四二円に(別紙土地目録記載7の土地については同金二二円五〇銭から金四二円五〇銭に)増額することを申入れ、各賃借人はこれを承諾し、同年五月から同年一二月まで右割合による賃料を原告に支払ったが、右各賃借人は右合意の後右割合による賃料が近隣の土地の地代に比較して高額であると考えるに至り、昭和四〇年一月中旬頃その代理人である訴外近藤亮三郎を通じて原告に対し、同月分以降の賃料を一坪あたり月額金三二円程度とするよう求めたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右の事実によれば、右賃借人らは昭和四〇年一月中旬頃原告に対し、右賃借土地の地代につき借地法第一二条所定の地代減額請求をなしたものというべきである。

そして鑑定人飯島実の鑑定の結果によれば、右土地につき、昭和三六年五月に賃貸借契約当事者間に合意された賃料が一坪あたり月額金二二円であることを基礎とし、右賃料額から公租公課を除いた純賃料の底地価格に対する割合(利回り率)を算出し、昭和四〇年一月における底地価格に右利回り率を乗じたうえ、当該年度の公租公課を加算すると、別紙土地目録記載1ないし7の土地については一坪あたり月額金四四円六七銭、同8の土地については同四五円〇五銭と試算されること、また昭和三六年五月に合意された前記賃料額から公租公課を除いた純賃料につき総理府統計局発表の東京都区部の地代家賃統計指数による比例計算を行なったうえ、当該年度の公租公課を加算すると、昭和四〇年一月における賃料額は、別紙土地目録記載1ないし7の土地につき一坪あたり月額金二八円四一銭、同8の土地につき同二八円七九銭と試算されること、右の底地利回り方式による試算賃料と地代家賃統計指数比例方式による試算賃料を勘案し、なお別紙土地目録記載7の土地は都市計画における近隣商業地域に含まれていることを考慮して昭和四〇年一月現在における客観的に相当な継続賃料額を評定すると、別紙土地目録記載1ないし6および8の土地については一坪あたり月額金三四円、同7の土地については同三七円というべきことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右の事実に鑑みると、前記賃借人らが昭和四〇年一月に原告に対してなした右賃借土地の地代減額請求の意思表示は右の客観的に相当と認められる賃料額の限度でその効力を生じ、別紙土地目録記載1ないし6および8の土地の賃料は、昭和四〇年一月一日以降一坪あたり月額金三四円に、同7の土地の賃料は、同日以降同三七円にそれぞれ減額されたものというべきである。

次に≪証拠省略≫を綜合すると、別表記載の賃借人らは、昭和四〇年一月三〇日原告に対し、賃借土地の同月分の賃料として一坪あたり月額金三二円(別紙土地目録記載7の土地については同金三二円五〇銭)の割合による金員をそれぞれ現実に提供したところ、その受領を拒絶され、その後右の割合による金員の提供をしてもその受領を拒絶されるであろうことが明らかであったことが認められ、右認定に反する証拠はなく、また右賃借人らおよび被告らが同年三月から現在まで同年一月分以降の賃料として一坪あたり月額金三二円(別紙土地目録記載7の土地については同金三二円五〇銭)の割合による金員を弁済供託してきていることは、当事者間に争いがない。

右の事実に照らして考えると、右賃借人らが昭和四〇年一月分の賃料として原告に提供した金員は、右賃借人らの前記地代減額請求が効力を生じた後の賃料額に達しないものであるから、右賃借人らがなした右賃料の提供は、債務の本旨にしたがったものとはいえず、前記弁済供託によって右賃借人らの賃料支払義務が消滅したものということはできない。

しかし右賃借人らが提供し、弁済供託した金員と、前記減額請求後の賃料額を一坪あたりの月額について比較すると、別紙土地目録記載1ないし6および8の各土地については前者が三二円、後者が三四円であり、その差が僅少といえること、同7の土地については前者が三二円五〇銭、後者が三七円であってその差はやや大であるけれども、同土地の従前の一坪あたりの賃料月額は前記各土地のそれとほぼ同額(四二円五〇銭)であったことを考慮すると、右賃借人らおよび被告らには、いまだ賃貸借契約における賃貸人賃借人相互間の信頼関係を破壊するに至る程度の不誠意があると断定し難く、原告の解除権の行使は信義則に反し許されないものというべきである。

三  そうすると原告がなした別紙土地目録記載の各土地の賃貸借契約の解除の意思表示は、その効力を生じないから、右賃貸借契約が解除により終了したことにもとづく原告の被告らに対する請求はいずれも失当というべきである。

よって原告の被告らに対する本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石井義明)

<以下省略>

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